大関栃ノ心はジョージア出身力士で、春日野部屋に所属している。元々は柔道家として活躍していた栃ノ心がなぜ相撲を始めるようになったのだろうか。
気になる相撲経歴や栃ノ心のプロフィールとともに紹介していきます。
栃ノ心のプロフィールと相撲歴紹介!
四股名 | 栃ノ心 剛史(とちのしん つよし) |
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本名 | レヴァニ・ゴルガゼ |
生年月日 | 1987年10月13日 |
年齢 | 31歳 |
身長/体重 | 191センチ/175キロ |
出身地 | ジョージア・ムツケタ |
所属部屋 | 春日野部屋 |
血液型 | AB型 |
趣味 | 睡眠 |
最終学歴 | ウヌンテッド高校 卒 |
幕内優勝 | 1回 |
十両優勝 | 3回 |
幕下優勝 | 2回 |
三段目優勝 | 0回 |
序二段優勝 | 0回 |
序ノ口優勝 | 0回 |
殊勲賞 | 2回 |
敢闘賞 | 6回 |
技能賞 | 3回 |
金星 | 2回 |
初土俵 | 2006年3月場所 |
初入幕 | 2008年5月場所 |
得意技 | 右四つ、上手投げ |
<栃ノ心の相撲歴>
栃ノ心が相撲キャリアをスタートさせたのが、2004年(17歳)の世界ジュニア相撲選手権大会に出場した時のこと。それまでは柔道を経験してはいたが相撲は未経験。
この大会で3位入賞を果たした栃ノ心は、柔道の方が好きではあったが同郷で力士の黒海に相撲の事を聞いて、各界入りする決断をするのである。
柔道家としてジョージアでは無類の強さを誇っていただけに、各界入りしていなかったらオリンピックに柔道選手として出場していただろう、と本人は語っている。
栃ノ心が初土俵を踏んだのは、2006年3月場所のこと。翌5月場所と7月場所では、序ノ口で5勝2敗の成績を納めた。9月場所では序二段で7戦全勝優勝を果たした。
11月場所では西三段目49枚目で6勝1敗の成績を納めて幕下昇進となり初年度を終えた。
2007年には幕下で6場所連続勝ち越しを決めて十両昇進を果たし、関取となった。
2008年1月場所では、十両初場所で優勝(12勝3敗)を飾り番付も一気に東十両4枚目まで上げた。翌3月場所では9勝6敗の成績によって、5月場所で新入幕を果たしたのである。
初土俵から約2年で幕内昇進という順風満帆な成績を納めていった栃ノ心。
幕内に上がったあとは、パワーがあるだけのパワーにまかせた相撲を取っていたこともあり二桁勝利などもあったが、本来持っている相撲力を出しきれずにいた。
そんな折、右膝前十字靱帯断裂、右膝内側側副靱帯断裂という大怪我を負ってしまう。相撲人生が終わってもおかしくない怪我をしてしまった栃ノ心。
栃ノ心としては、相撲を辞めることも考えたいたが師匠の春日野親方から激励と発破をかけられて相撲を続ける決意をする。
全休が3場所続いたことで番付も幕下55枚目まで下げた栃ノ心。
迎えた2014年3月場所で復帰を果たすと、7戦全勝優勝と力の違いを見せつけた。翌5月場所でも幕下で7戦全勝を果たし十両に復帰。
十両に上がっても栃ノ心が格の違いを見せて、13勝2敗で3場所連続優勝を果たした。これで終わりかと思ったが、翌7月場所では、十両5枚目で15戦全勝優勝とまさに圧倒的強さで優勝を成し遂げ、幕内復帰を果たしたのである。
大怪我を負ってから、1年2ヶ月後には幕内復帰を果たし、かつ今までよりも強くなって帰ってきた栃ノ心。
2018年1月場所には、西前頭3枚目で14勝1敗の好成績で幕内初優勝を遂げた。翌3月には10勝、5月場所には東関脇で13勝をあげて見事大関昇進を果たした。
本人も大怪我を負ったときには、大関昇進まで来ることが出来ると想像していなかったのではないだろうか。
大関としてさらなる活躍が期待されるだけに、膝の怪我には気をつけてもらいたいものだ。